要望書

2020年3月31日
理論天文学宇宙物理学懇談会 運営委員会


理論天文学宇宙物理学懇談会(以下、理論懇)運営委員会はこの度、下記のような国立天文台(以下、天文台)執行部に対する要望をまとめました。これは会員数450名以上を擁する、理論懇としての公式のものです。以下がこれからの天文台運営に反映されることを、理論コミュニティを代表する団体として強く期待致します。

1) 共同利用機関としての国立天文台のあり方について

 天文台の運営や重要事項の決定に日本の天文学者コミュニティの意見が反映されづらくなったと危惧する声が理論懇内で多数挙がっています。天文台は共同利用機関として、これまで国内の多くの研究機関や研究者と連携して日本の天文学研究をリードしてきました。現執行部(※注1)は天文台がこれからも卓越した成果を上げ続けるため、積極的なリーダーシップを発揮して運営を行って頂いていることと承知しています。しかしその一方で、大学の共同利用に供する大学共同利用機関は、常にコミュニティの意見を吸い上げ運営に反映させる配慮が必要である事を継続して示して頂きたいと我々は考えています。以下にこの要望提出に至る契機となった具体的事項について述べさせて頂きます。

[1.1] 科学研究部改組に関して

2018年4月、現執行部が発足してわずか一ヶ月で旧研究部はすべて解体された上で科学研究部へ改組されました。この改組の意図は従来の理論と観測研究の壁を取り払い、天文台の保有する観測装置とも連携して最大の科学的成果を産み出すこと、として既に示されている通り承知しています。しかし、ここで理論懇内で特に問題となったのは改組の手続きについてです。科学研究部は旧理論部を母体としていますが、このとき改組について理論研究者との十分な意見交換はありませんでした。改組案は旧執行部(※注2)の2012年頃から「高等研究院構想」として旧理論専門委員会で諮問されていましたが、同構想に対する問題点も指摘され諮問に対する回答期限である2018年6月に向け最終的な取りまとめを行っていました。ところが、現執行部発足直後の2018年4月に旧理論部から台内での改組方針の情報が台外コミュニティにもたらされました。その後も理論懇には何ら接触は無く、最終決定が行われる運営会議の日程が直前になって分かりました。理論懇としては、この会議の2日前に辛うじて組織変更に関する要望書(末尾添付)を提出できたのみです。理論懇、旧理論専門委員会ともに台外理論コミュニティを代表して意見を述べる機会を頂いてきましたが、こうした経緯はコミュニティと共同利用機関である天文台との信頼関係を損ないかねない事例であると強く危惧しています。

[1.2] 台外運営委員の推薦に関して

天文台の運営に必要な各種委員の推薦に関しても我々理論懇はコミュニティの意見を代表すべく貢献してきました。選挙を行って委員候補となる研究者を選出し、国立天文台運営会議台外委員、科学戦略委員会、研究交流委員会、プロジェクト評価委員会に推薦してきました。もちろん、実際の委員決定権は天文台側にあると承知していますが、上記のうち、運営会議台外委員と科学戦略委員会で理論懇からの推薦が重視されていないのではないかとの声が従来から理論懇内で挙がっていました。

そのような状況の中、2020年1月になって、今後の運営会議台外委員選出では外部コミュニティからの推薦を受け付けないとの方針が執行部から伝えられました。理論懇としては[1.1]の科学研究部改組に関する事例に続き、看過できない状況であると認識しています。これまで国立天文台は大学共同利用機関としてコミュニティの意見を尊重しながら運営がされてきました。コミュニティに対し、丁寧な説明の上で合意を得る努力を行うことは、いかなる事情があろうとも大学共同利用機関としての最低限の責務であると考えます。今回の方針に強く抗議すると共に、本会をはじめとする関連団体からの推薦に基づいた委員構成を取ることを求めます。

※注1:現執行部は2018年4月以後の常田佐久台長以下の体制、※注2:旧執行部は2018年3月以前の林正彦前台長以下の体制をそれぞれ指す。

2) CfCA保有の共同利用計算機に関して

もう一つの要望はCfCAの保有する共同利用計算機、特にスーパーコンピュータ(以下、スパコン)の安定的かつ継続的運用をお願いしたいということです。この要望2)提出の経緯となったのは、2019年度のCfCAの当初予算案でスパコンのリース料金が支払えないほどの大幅な予算削減案が提示されたためです。この際にも天文台外のコミュニティに対し事前に何ら諮られることなく、多くの研究者に影響を与えかねない提案が執行部により一方的になされました。本来であれば、共同利用の性質上、天文台内外のユーザー間で十分な時間をかけた議論が事前にあって然るべきであったと考えます。

現代の天文学では、もはやスパコンは理論研究者だけのものではありません。観測結果の解釈、新しい観測の提案等に現実的な数値シミュレーションは必須のものになっています。これは一昔前では想像もできない詳細観測が可能となったため、それだけ高精度の理論研究が要求されるようになったためです。

CfCAの提供する計算機の特色の一つは、天文学の実際の研究で使用しやすいように、よくコミュニティの意見を取り入れて設計と運営が行われていることです。天文研究に特化したシステムをコミュニティとの意思疎通を図った上で構築していることが、若いユーザーを多く集め、さらに関連論文出版数の飛躍的な増加につながっています。この特色は他の汎用の国内スパコンセンターとは一線を画すものです。また、日本を代表する次代の大型スパコンとして富岳の稼動が近づいていますが、これはスパコン開発技術の維持向上を図るため限られた超大型アプリケーションのみを対象にするものです。これらは天文学研究に特化したCfCAのスパコンに対して、決して代用となるものではありません。

このように、CfCAのスパコンは理論のみならず天文業界全体としてその重要性が年々高まっています。以上の状況から、理論懇としてCfCA共同利用計算機の性能の向上・定期的リプレースを行いつつ、安定的な稼働を確保する事を望みます。上記の要望1)の観点と重複しますが、実際の研究を行っている現場の研究者の意見に根ざした運営を、天文台執行部には何卒よろしくお願い致します。


理論懇運営委員長 細川隆史


[ 添付資料:理論研究部改組に際して提出した要望書 (2018年8月4日提出) ]

  1. CfCAを筆頭に他プロジェクトとの連携を意識し、互いに良い影響を与えられる実質を伴う体制とすること。
  2. 新研究部では研究者個人の自由な研究を保証し、プロジェクトにおける義務とは切り離すこと。
  3. 若手のキャリア形成の拠点としての役割を維持すること。テニュアトラックなどの制度を活用し、若手の育成に配慮すること。
  4. 中心となる部員は筆頭研究者としてサイエンス、天文学の発展に世界的な高いレベルで寄与できる人材とすること。要するに単にプロジェクト人事を補完するような機関とはしないこと。
  5. 理論研究部の歴史的な役割及び理論・数値計算的研究の重要性を尊重し、名称などで外部から理論も研究する場であることが確実にわかるような配慮をすること。
  6. 今回の改組によって研究環境・研究成果・コミュニティへの貢献が改善されているかを常に検証し、結果的に改組前と比べて成果が見えない場合は、天文台執行部の責任で元の体制や環境に近いものに戻すこと。
  7. 上記の理念を盛り込んだ、設立意図や人事に関する新研究部の方針を文書の形で明文化すること。

理論懇運営委員長(当時) 浅野勝晃